マイナス2歳からの予防歯科

目次

マイナス2歳からの予防歯科
Preventive Dentistry Starting Two Years Before Birth
~デンタルニュートリションセラピーをはじめよう~


妊娠を考えはじめたとき、実はすでに「赤ちゃんの健康づくり」が始まっています。
お母さんの栄養状態は、これから生まれてくる赤ちゃんの成長や一生の健康に大きく関わっているのです。


そこで大切なのが、「妊娠してから」ではなく「妊娠する前」からの体づくり。

このコラムでは、「マイナス2歳からの予防歯科」という考え方のもと、妊娠の1年前から始める栄養ケアの大切さについて、わかりやすくお伝えします。

1. DOHaD 学説からも妊娠前からの栄養アプローチが重要

「DOHaD(ドーハッド)学説」とは、赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいる時期や、幼いころの環境が、大人になってからの健康に影響するという考え方です。
特にお母さんの栄養状態は、赤ちゃんの成長に大きく関わるだけでなく、将来の生活習慣病のリスクにも関係していることが分かっています。

2. 妊娠前の 1 年がカギ!赤ちゃんの元気を育てる栄養準備

赤ちゃんの健康を守るためには、妊娠してからではなく、妊娠の 1 年前からお母さんの体を整えておくことが大切です。
お母さんの栄養状態は、赤ちゃんの体やお口の発育にも大きく関わります。


この考え方を「マイナス 2 歳からの予防歯科」と呼び、妊娠の 1 年前からの準備をすすめています。

3. つわりで食べられなくなる前に、体の栄養を満たしておこう

妊娠初期は、つわりによって食欲が落ちたり、吐き気が続いたりして、必要な栄養をとるのが難しくなることがあります。
そのため、妊娠する前からしっかりと栄養を整えておくことがとても大切です。
体の状態を整えてから妊娠することで、赤ちゃんにとっても安心できる環境をつくることができます。

4. 葉酸は妊娠前からが大切! 赤ちゃんの発育を守るために

葉酸は、赤ちゃんの体のもとになる大切な栄養素です。
特に、神経管閉鎖障害(にぶんせきついなど)や口の形のトラブル(口蓋裂など)を防ぐために重要だといわれています。
そのため、妊娠がわかる前から葉酸をしっかりとることがすすめられています。

5. 鉄は妊娠・赤ちゃんの成長を支える大切な栄養素です

鉄は、お母さんと赤ちゃんの健康を支えるために、とても大切な栄養素です。
鉄が不足すると、お母さんの体は貧血になりやすくなり、体に十分な酸素を届けにくくなります。
その結果、妊娠の経過に影響が出て、流産や早産のリスクが高まる可能性があることが知られています。


また、鉄は赤ちゃんの成長や発達にも深く関わっています。
特に脳の発達においては、鉄が重要な役割を果たしており、妊娠中に鉄が不足すると、将来の集中力や記憶力などの脳の働きに影響を与える可能性があることがわかっています。

さらに、鉄は赤ちゃんの「歯の質」にも関係しています。
妊娠中や生まれる前後に鉄が不足すると、赤ちゃんの歯の表面をつくるエナメル質が十分に形成されず、エナメル質形成不全と呼ばれる状態のリスクが高まる可能性があることも指摘されています。
エナメル質が弱い歯は、むし歯になりやすいこともあります。


このように、鉄は妊娠の経過だけでなく、赤ちゃんの脳や歯の健やかな発達にも関わっています。
そのため、妊娠してから慌てて補うのではなく、妊娠前から鉄の状態を整えておくことが大切と考えられています。

6. 亜鉛は赤ちゃんの成長に必要な栄養素で、不足すると妊娠経過に影響する可能性があります

亜鉛は、赤ちゃんが元気に育つために欠かせない大切な栄養素です。
細胞が分裂し、体や臓器がつくられていく過程で、亜鉛は重要な役割を担っています。


妊娠中に亜鉛が不足すると、赤ちゃんの成長が十分に進みにくくなり、
結果として、妊娠の経過に影響が出る可能性があることがわかってきています。
研究では、亜鉛不足が早産や流産のリスクと関連することも報告されています。


そのため、妊娠してから慌てて補うのではなく、
妊娠前から亜鉛の状態を整えておくことが大切だと考えられています。
これは、お腹の赤ちゃんが安心して成長できる土台づくりでもあります。

7. EPA や DHA は赤ちゃんの脳や知能の発達に重要で、将来の認知能力に良い影響を与える可能性があります

EPA や DHA は、赤ちゃんの脳の発達に欠かせない大切な脂肪酸です。
特に DHA は、脳や神経の細胞を包む膜の材料となり、情報をスムーズに伝えるために重要な役割を果たします。


妊娠前や妊娠中に、EPA や DHA をしっかりと摂取していたお母さんから生まれた赤ちゃんは、視覚の発達や、注意力・記憶力・認知能力といった知的発達の面で良い影響がみられたという研究報告があります。
これらは、将来の学習や考える力の土台になると考えられています。


そのため、妊娠がわかってから急に摂るのではなく、妊娠前から、魚を中心とした食事で EPA や DHA を意識して摂ることが大切です。
サバ、イワシ、アジなどの青魚は、EPA や DHA を多く含む食品としておすすめです。


ただし、水銀を多く含む魚(マグロの一部や大型魚など)は摂りすぎに注意し、種類や量に気をつけながら、バランスよく取り入れましょう。

8. 妊娠前からのたんぱく質摂取は、赤ちゃんの発達に大切です

たんぱく質は、赤ちゃんの体や脳をつくるための「材料」になる、とても大切な栄養素です。
筋肉や臓器、脳や神経など、赤ちゃんのからだの多くは、たんぱく質から作られています。


山梨県で行われた研究では、妊娠の 1 年前や妊娠初期にたんぱく質の摂取量が少なかったお母さんから生まれたお子さんは、3 歳の時点で発達に遅れがみられたという報告があります。
このことから、妊娠がわかってからの食事だけでなく、妊娠前の栄養状態が赤ちゃんの発達に影響する可能性があると考えられています。


妊娠初期は、赤ちゃんの脳や神経の大切な土台がつくられる時期です。
この時期にたんぱく質が不足していると、赤ちゃんの成長がスムーズに進みにくくなることがあります。


そのため、赤ちゃんが安心して育つためには、妊娠を考え始めたときから、毎日の食事で良質なたんぱく質をしっかりとることが大切です。
肉・魚・卵・大豆製品などを、無理のない範囲で意識して取り入れていきましょう。

9. 歯の元となる歯胚は胎児期に作られるが、そのためにも栄養が必要

赤ちゃんの歯のもと(歯胚:しはい)は、実はお母さんのおなかの中にいるときに作られはじめます。
そのため、カルシウム・リン・ビタミン D・たんぱく質といった栄養素がとても大切です。


それに加えて、鉄・亜鉛・マグネシウムも、歯がしっかり育つために欠かせない栄養素です。
鉄や亜鉛は、歯をつくる細胞が元気に働くために必要で、マグネシウムは、歯の石灰化を助ける酵素(ALP:アルカリフォスファターゼ)の働きを支えています。


妊娠中にこれらの栄養が不足すると、歯の発達が十分に進まず、生まれてくる子どもの歯の表面が弱くなるエナメル質形成不全につながる可能性があることもわかってきています。


そのため、歯が生える前から、妊娠中の栄養状態が赤ちゃんの歯の健康に影響していると考えられています。

10. 鉄不足は産後の心にも影響 ~妊娠前から授乳期まで続けたい鉄補給~

出産後に起こる「産後うつ」は、ホルモンの変化だけでなく、鉄不足とも関係していることがわかっています。
妊娠中は赤ちゃんの成長のために多くの鉄が使われるため、お母さんの体は鉄不足になりやすくなります。
そのまま授乳期を迎えると、さらに鉄が不足しやすく、心や体の不調につながることもあります。


だからこそ、妊娠前から妊娠中、そして授乳中まで、しっかりと鉄を補うことがとても大切です。
お母さんの鉄を守ることは、赤ちゃんと自分自身の健康を守ることにつながります。

11. ピロリ菌の感染は鉄欠乏性貧血になりやすいため、妊娠前に検査をして陽性であれば除菌を

してからの妊娠が望ましい
ピロリ菌とは、胃の中にすみつく細菌で、長く感染していると胃の粘膜を傷つけることがあります。
多くの場合、感染していても症状がないため、気づかないまま過ごしている方も少なくありません。


ピロリ菌に感染していると、胃の粘膜が傷つき、胃酸の分泌が低下します。
胃酸は、食べ物に含まれる鉄を体に取り込みやすくするために欠かせないため、ピロリ菌の感染は鉄欠乏性貧血の原因になることがあります。
また、鉄だけでなく、ビタミン B12や亜鉛などの大切な栄養素の吸収も悪くなることが知られています。


そのため、妊娠を考えている段階でピロリ菌の検査を受け、陽性の場合には、除菌治療を行ってから妊娠にのぞむことがすすめられます。
ピロリ菌を除去しておくことで、栄養の吸収が改善し、お母さんの体だけでなく、赤ちゃんの健やかな成長にもつながります。

12. ピロリ菌と家庭内(家族内)感染

ピロリ菌は、家庭内(家族内)で感染が広がることがある細菌です。
特に、同じ食事や生活習慣を共有する家族間でうつることがあり、口移しや食器の共有などを通じて、赤ちゃんに感染する可能性もあります。


そのため、将来お母さんになる女性は、妊娠前にピロリ菌の検査を受け、陽性の場合は除菌治療を行っておくことが大切です。
あらかじめ治療を済ませておくことで、妊娠中や授乳期に治療のタイミングで悩むことを避けることができます。


また、お父さんや同居する家族についても、第一子の出産前にピロリ菌検査を受け、陽性であれば除菌しておくことが望ましいと考えられます。
家庭全体でピロリ菌を減らしておくことで、赤ちゃんへの感染リスクを下げ、より安心して妊娠・出産、子育てを迎えることにつながります。

13. 母親のビタミン D 不足は、赤ちゃんの歯や免疫の発達に影響する可能性があります

ビタミン D は、胎児の骨や歯をつくるために欠かせない、とても大切な栄養素です。
お母さんの体にビタミン D が不足していると、赤ちゃんの歯の表面をつくるエナメル質の形成がうまくいかず、歯が弱くなるリスク(エナメル質形成不全)につながる可能性があることがわかってきています。


また、ビタミン D は赤ちゃんの免疫の発達にも深く関わっています。
日本の研究では、妊娠中のお母さんのビタミン D が不足していると、生まれたお子さんがアレルギー性鼻炎を発症しやすくなる可能性があることも報告されています。

鼻炎によって鼻づまりが続くと、口呼吸が習慣化しやすくなり、成長期にあごの発達や歯並びに影響することがあります。
このように、妊娠中のビタミン D 不足は、歯の質だけでなく、将来のお口の発達全体にも関係していると考えられます。

ところが、日本では多くの人がビタミン D 不足の状態にあることが明らかになっています。
たとえば、東京で行われた健康診断を受けた 5,518 人を対象とした調査では、約 98%の人がビタミン D の基準値を満たしていなかったという報告もあります。

こうした背景から、妊娠を考えている方は、妊娠前からビタミン D の状態を整えておくことが大切と考えられます。
日光に適度に当たること、ビタミン D を多く含む魚介類を意識して食べることに加え、必要に応じてサプリメントを利用することも一つの方法です。

14. 妊娠中の血糖コントロールは、赤ちゃんの健やかな成長のために大切です

妊娠中に血糖値が高い状態が続くと、赤ちゃんがおなかの中で少し大きく育ちすぎてしまうことがあります。
その結果、出産時の負担が増えたり、出生後の成長の中で、将来、太りやすくなったり、血糖のトラブルを起こしやすい体質になる可能性があることがわかっています。

また最近の研究では、妊娠中のお母さんの血糖の状態が、赤ちゃんの脳や神経発達にも関係していることが注目されています。
妊娠糖尿病や血糖が不安定な状態があると、生まれてからの行動や発達に影響が出る可能性が示唆される研究も増えてきています。

そのため、妊娠中だけでなく、妊娠前から血糖を安定させる生活を心がけることが大切です。
特別なことをする必要はなく、
・バランスのよい食事
・体に無理のない軽い運動
・しっかり休んで眠ること
といった日々の積み重ねが、赤ちゃんにとって安心できる成長環境につながります。

15. 妊娠の 1 年前からの体づくりは、赤ちゃんとお母さんの未来を支えます

妊娠の約 1 年前から、血糖を安定させ、体に必要な栄養素を少しずつ整えておくことは、赤ちゃんの健やかな成長を支える大切な準備です。
同時にそれは、お母さん自身の心と体を守るためのやさしい土台づくりでもあります。

妊娠前から栄養状態を整えておくことで、妊娠中の体調のゆらぎが起こりにくくなり、出産後の体力回復を助けたり、気持ちが落ち込みにくくなることも期待されています。
無理をしない体づくりは、産後の毎日を少し楽にし、笑顔で過ごす力につながります。

妊娠前のケアは、「完璧に準備しなければいけない」というものではありません。
できるところから、できるペースで整えていけば大丈夫です。
その積み重ねが、赤ちゃんの未来と、お母さんが自分らしく過ごせる毎日をそっと支えてくれます。


妊娠前から体を整えることの大切さをお伝えしてきましたが、もうひとつ大切な視点があります。

それが、「お口の環境」を整えておくことです。

歯周病は、お口の中だけの病気ではなく、体の中に慢性的な炎症を起こすことがあります。

妊娠中に歯周病がある場合、早産や低出生体重児のリスクが高くなることが、国内外の研究で報告されています。

歯周病は、自覚症状が少ないまま進行することも多く、「気づかないうちに」影響してしまうことがある病気です。

だからこそ、妊娠を考え始めた時期から、歯科医院での定期的なチェックや、プロフェッショナルによるクリーニングで、お口の環境を整えておくことが大切です。

毎日の歯みがきに加えて、歯科医院でのケアを取り入れることは、栄養を整えることと同じように、赤ちゃんへの大切な準備のひとつ。

赤ちゃんの未来は、お母さんの体の中から始まります。 妊娠前から体を整えることは、赤ちゃんへの最初のプレゼントです。 栄養の力は、目には見えないけれど、お母さんと赤ちゃんをしっかりと結び、心と体の健康を支えてくれます。

そして、私たち歯科医療従事者は、皆さんが安心して妊娠・出産を迎えられるよう、「お口から始まる健康づくり」の視点でサポートしていきます。

あなたの小さな一歩が、未来の笑顔につながります。


一般社団法人 予防歯科栄養療法協会
代表理事 伊藤孝徳/伊藤夕里亜
2025.10.26

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